一年前の丁度このくらいの時期、年度末に向けて忙殺されていた。
終わらない仕事に追われ気づいたら終電。
帰りながらうつらうつら見ていた配信がマ農場の配信だった。
配信している人たちが楽しそうにしているのを見ているだけで、どよんとした気持ちが少し軽くなって、ぼーっと見てる時間が癒しになっていた。気づいたら3時とか過ぎたりしてたけど…。
超かぐや姫を最初に見たとき、ふと頭に思い浮かんだのはこのことだった。
主人公の彩葉の最初の描写がこうだったので、そこからうまく感情移入できたのかもしれない。
この作品自体がこの配信を見る体験とリンクしていて、見ることで気持ちが晴れてくような作品なんじゃないかと思う。作品全体に心がふっと軽くなる嬉しいポイントが多い。
ライブシーンとか印象的で、踊っている3人が楽しそうでいい。
私はアイドルのダンスとかに全く興味がわかないし良いとも思わないんだけど、MADとかで外国人が楽しそうに踊っているのを見るのは好きだ。なんか今回のライブシーンはそれと同じようだと思っていて、楽しそうさが音に乘っている踊りって感じがする。
そしてハッピーシンセサイザの中で配信活動のダイジェストが出てくるんだけど、どれもYoutubeをぼーっと見ているときに出会ったことがあるようなものばかり(ラーメン系Youtubeやうたスキ動画だったり)で、友人とオフで遊んだ話は配信で話したりしてたんだろうな~~というのも一瞬でわかるし、そして勝手にどんなものかが想像している。そういった深夜2時にぼーっとみているコンテンツたちが物語を駆動させていることに謎の嬉しさがある。この作品自体がこれまで見てきたものたちを後追いして肯定してくれている感じと言えるのかもしれない。
ゲームパートも用語がスムーズに出ていることが印象的。当然実況は「ボットレーン・トップレーン」ってワードで説明するし、プレイヤーは「ティルトした」とかって発言する。いろんな名称からもCRカップとかthe k4sen とか諸々踏まえているのはわかる。こういうところの勘所があっていて、ちゃんと今の配信文化を抑えたうえで作っているのも、主にゲーム配信見ている側としては嬉しいところ。
また、彩葉がかぐやに手を引かれる形で配信やライブに参加すること自体も、オタクのあったらいいなという妄想の具現化だ。そういうのが積みあがっていることで、俺たちには分かる嬉しさが詰まって作品といっていい。
私は超かぐや姫という作品自体が無限のフラッシュバックと妄想の上に成り立っている、唯一無二の作品だと思う。
だから刺さる人には刺さるし、伝わらない人にはかなり難しいんじゃないだろうか。
自分を真に支えてくれていたのは、高尚な映画とかじゃなくて、ぼーっっと配信を見ていたりする時間だったのかもしれない。
超かぐや姫はは自分にとって、そんなことに気づかせてくれる作品だった。
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