新条アカネの怪獣とネットの炎上

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アニメ

 最近終わったグリッドマンですが、いやとても良かったですね。本当に。

特に新条アカネさんが目覚める最後の終わり方は大変美しいシーンになってましたね。

 まぁ今回はそんな話ではなく、グリッドマンの怪獣が街を破壊し再生する行為って巷のネットの炎上とおんなじだよねって話をします。そんでもってグリッドマンのコンピュータワールドをインターネットと見立てることができるのでは??と言う話になります。どちらかというと見立てによる話になるので馴染めないかもしれませんが、一つの見方として面白いと思ってもらえたらいいなと思います。

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怪獣=炎上とは?

 まず、グリッドマンにおいて新条アカネは自分の価値観において許せない行為をする人間を消すために怪獣を使って襲い、殺していきました。これってネットでよく見る炎上とても相似だと思うのです。炎上も自分の価値観において許せないことを叩いていくので。怪獣に壊された街を自分の恣意的に修正する姿は、炎上で叩いた相手の意見を封殺する姿に重なります。グリッドマンのアカネが作る怪獣は神の力を利用した怪獣ですが、炎上はいろんな人が群体となって形成される怪獣ということもできるかもしれません。

 本人たちの価値判断では極めて間違っていることに対して、極めて大きすぎる力を振るって修正しようとしている。この点で怪獣と炎上は同じであると私は思います。

 そう考えるとアカネのツツジ台の住民に対する態度がどこか他人事でどうでも良い存在になっていることは、インターネットで他者に対して面と向かっては言えないような罵詈雑言を浴びせることに似ているのではないだろうか。どちらも他者に対して距離があって、実際に存在してはいないかのような振る舞いです。

 つまり、ある種コンピュータワールドはインターネットのメタファーとして見ることはできないかと思うのです。そうみていくとグリッドマンがどのような話なのかまた新たな見方が出てきます。

炎上の負のスパイラル

 この炎上のモチーフたる怪獣に対してグリッドマンは倒すことによって解決をしていきます。しかし倒しても倒してもアカネの持っている闇は深くなっていきます。排除の論理で怪獣を倒していっても、アカネが対抗して怪獣を作っていくし、アカネは孤立を深めていきます。

 この過程ってオタクが炎上を起こす過程ともリンクする部分があります。オタクではない人が二次元的表象への否定に対してオタクが過剰に反応して叩くといった展開はネット上でいくらでも見てきたことです。(例えばグリッドマンの抱きまくらのときとか…。)否定すればするほど、オタクは反応して対抗するという悪循環を幾度となく見てきました。

 ではグリッドマンは最終的にどう新条アカネを救ったのか。最終回においてアレクシスケリブは自身が永遠のものであると言っていました。これはアレクシスが排除の論理で倒そうと炎上というものは更に起こるという悪循環を端的に象徴しているのではないでしょうか。 故にグリッドマンはグリッドフィクサービームでアカネの心を救うということでアレクシスの悪循環を断ち切ろうとします。つまりグリッドマン同盟は過剰に反応してしまうアカネを包摂することで悪循環から救おうとしたわけです。そうグリッドマンはいかに孤独なオタクを社会から排除するのではなく、包摂することでより良い世界にしていこうとするお話だったわけです。

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描かれる真のヒーロー像

 そう考えると本当にグリッドマンはヒーローなのだと思います。この世界の平和を守るために排除の論理で孤独な人間を排除するという手段を使わず、逆に孤独な人間を包摂することで、世界を守る。グリッドマンは怪獣(炎上)を倒すが、人間は倒さないというのはここにつながってくるのです。単純に悪い敵を倒すだけでない真に問題を解決しようとするヒーロー像。

 僕はこの時代にこんなかっこいいヒーローを見ることができて本当に良かった。僕たちが生きる社会も他者を排除せずに、包摂できるような豊かなものになっていたらいいなと思うし、そのために僕たちも行動しなきゃいけないんだなってそう思うのです。

 

 

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